戦後の日本人を象徴する三船と志村
まずは三船敏郎です。初期の黒澤映画における三船は、どこか半人前というか、社会不適合なイメージ。『七人の侍』の菊千代なんか、どこの馬の骨ともわからないオトコが、侍になりたくてノコノコついてきたような感じですからね。
「三船敏郎が演じる役柄は、爆発的なエネルギーを宿しているけれど、それをどこで使っていいのかわからない人。僕らみたいな精神科医から見ると、それは思春期の典型ですよね。つまり自分が何者かわからない、自己実現の途中にある。黒澤映画において、三船には常に『自分探し』というものが課せられているんですよ」
そして、その「自分探し」をする三船敏郎は、実は日本人の象徴でもあるという。
「敗戦によって日本の帝国主義が崩壊したあと、日本人の自我もまた崩壊したんです。もっといえば、明治維新からこっち、それまでの封建的な価値観が失われてからというもの、日本人はずっと自分探しをしてるんですね。封建主義においては自分を滅し、人に尽くすことで自己実現が達成されたけれども、明治以降、西洋的な個人主義の概念が入ってきて、逆に日本人はアイデンティティを見失った」
三船敏朗は、そんなアイデンティティを喪失した日本人そのもの。戦後の自己喪失感、遷延する自分探し像を象徴している存在。う~ん、深い。そして、三船は決して多弁ではないところもポイントです。
「三船が演じているのは言葉を持たない大人。だから身体で表現するんです。肉体と精神の激しい相克を、そこに立っているだけで表現できてしまう。そんな俳優は、残念ながら今の日本にはいないですね。最後に三船と同質のオーラを放っていたのが、松田優作でしょうか」
では、黒澤映画におけるもう一人の看板俳優?志村喬についてはどうでしょうか?
「志村喬って、僕のイメージでは海軍指令の様な存在なんです。海軍は陸軍に比べて、戦況を冷静に見ていて、敗戦を予期しながらも、結局は止められなかった。そういう、戦前戦中の知性を体現している存在」
軍人である以上、戦争となれば一命を投げ打って戦うけれども、本心では、部下たちには1人でも多く生き残ってほしいと思っている。そして戦後、「自分が死んだあとの日本を復興してくれ!」と若い世代に託すような男。それが志村喬だという。
「戦争に負けた以上、その知性は沈黙せざるを得ないんですよ。戦争に荷担してしまったという自責の念からね。でも、自分からはしゃしゃり出ないけれども、問われればものすごい知恵を出してくれる。…
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