ついにプーチン氏がロシア大統領に復帰した。この先、12年間続くとされる「プーチン体制」のもとでは、どのようにして権力闘争が繰り広げられるのか? プーチン氏の「最側近」と目されるのはウラジスラフ?スルコフ副首相だ。かれはどんな人物でいかにしてプーチンから目をかけられるようになったのか。作家で元外務省主席分析官の佐藤優氏が解説する。
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スルコフは、1964年9月21日生まれなので、現在47歳だ。父親がチェチェン人で、母親がロシア人である。改名前は、アスランベク?ドゥダーエフといった(チェチェン独立派の初代大統領ジョハル?ドゥダーエフとの姻戚関係はない)。チェチェン系であることが、権力闘争におけるスルコフの制約条件になっている。
現下のロシアの社会状況で、父親がチェチェン人である政治エリートが大統領候補となることは不可能だからだ。かつて、グルジア人のスターリンが、ソ連の独裁者として君臨したが、国民の直接選挙による洗礼を受けていなかった。国民の直接選挙によって選ばれるという体制で、チェチェン人、チェルケス人などのコーカサス系の血が濃く入った大統領が誕生する可能性は低い。
スルコフ自身、自らの制約条件を自覚しているので、目立たないように努めている。そのためスルコフは神秘的な雰囲気を醸し出しており、「灰色の枢機卿」(政権を裏で動かす人)と呼ばれ、畏怖されている。
スルコフは、モスクワ国際関係大学の出身だ。この大学から、外務省、SVR(対外諜報庁)に就職する者が多い。スルコフは、大学卒業後、メナテップ銀行、アルファ銀行の幹部として勤務した。
それだから、寡占資本家(オリガルヒヤ)の内情に通じている。1999年(時期不明)に大統領府長官補佐官に就任し、同年8月から大統領府副長官を務めている。エリツィン政権末期に、大統領府幹部に寡占資本家との関係の近い人々が就任したが、スルコフもその1人である。レニングラード(現サンクトペテルブルグ)大学の後輩であるメドベージェフ前大統領やKGB(ソ連国家保安委員会)で同僚であったセルゲイ?イワノフ大統領府長官のような、プーチンの譜代、親藩ではなく、スルコフは外様に属する。
スルコフは2004年3月に大統領府副長官に加え大統領補佐官にも任命され、プーチンの最側近と見なされるようになった。昨年12月27日に副首相に転出した。プーチンによって、スルコフが高く評価された理由がある。…